「絆」と「結」。

大きな災害があった後に、失われてしまったコミュニテイの大切さ。
「絆」が使われるようになって、数年が経過しました。
確か、五木寛之さんがご著書の中で、「絆という本来の意味を考えると、似付かわしくないと思う」というようなお話をされていたと記憶しています。
「絆」という言葉は、本来は「家畜が逃げ出さないようにつなぐ縄」を指す言葉だといいます。
転じて、「断とうにも断ち切れない人の結びつき」であるとも。
絆される(ほだされる)とは、縛られるといった意味。
しがらみや呪縛や、束縛の意味合いが強い言葉で、あまり良い意味ではなかったはずなのです。
私は田舎育ちなので、地方のコミュニティの良さも悪さも理解していますが、これが結構シンドイのです。
「○○さんちの▲▲ちゃんは、どこの大学に行って、どこの会社に入って、どんな人と結婚した」といった情報を、皆、知っていたりするのです。
「ばあちゃんネットワーク」「母ちゃんネットワーク」はバカに出来ません。
情報収集力が凄いんですから!!
人との距離の取り方が近いので、踏み込まれたくない人にとっては居心地が良くないかもしれません。近すぎて、息がつまりそうになることもあります。
身動きができないと感じることもあります。
バランスを欠いた時には、まさにしがらみという意味の「絆」になってしまうのです。
それが嫌で、田舎に帰りたく無い人もいます。
それを差し引いても、田舎に戻りたいと考える人もいる。
煩わしい部分もある代わりに、子供が泣いていたりすれば声をかけたり、一人でぼんやりしていたら家まで送り届けてくれたり、駄々をこねていたら、親の代わりに叱ったりなだめてくれたりもしたのです。地域で穏やかに子供を育てる面もあるのでした。
また、老人だけの家には、何かと声をかけに寄ってくれたりもするのです。
ここで言葉をもう一度選ぶなら、縛られる「絆」ではなく、支え合いという意味の、柔らかい響きのある「結(ゆい)」をあげたいなあと思います。
沖縄では「ゆいまーる(結回る)」とも言いますね。
私の田舎ではご近所同士で助け合う、『五人組』という名前の集合体があります。
過疎化や、都市部への人口と仕事の集中で、相互扶助という形態の維持や存続が難しくなってきている現実。
お上がどうにかするのを待っていても、なかなか埒があきません。
都会でキリキリ仕事をして気持ちを擦り減らすよりは、田舎で起業しておおらかに生きたいと考える人が出てきました。
情報が手に入りやすくなりましたし、田舎の良さが見直されてきています。
そろそろ、Uターン!!
私個人でも、脳内「田舎に戻ろうキャンペーン」の準備は、着々と進んでおります。
そうして、個人で仕事を作り出して田舎に戻って、穏やかな居心地の良い新しい共同体の「結」を、作り出して行きたいなあ。
私の野望である「小さなカフェ&サロン」が、ゆるい「結」の一つになれたら。
そこを、目指して行きたいと思っています。
※※ 写真は、近所で栽培されているゴーヤです。
少し小ぶりですが、ぷっくりと膨れていてなかなか可愛い。
つる性植物なので、今回のお題の「絆」や「結」に似合う1枚かな?と思いました。