器と中身。


 胎児の、表現体としての性別が決定するのは、心の性別が決まるよりも先だと言います。

つまり、器と中身の関係です。器が先にできる。何が入るかはその後。

ワイングラスにワインが注がれるとは限らない。

居心地の悪い思いをしている人がいることは、何の不思議でもない。

人は見かけによらない・・・。

ちゃんと、そういう言葉があるのに、こと「性別」「男女」については一辺倒な見方になるのは、どうしてなんでしょう?

身体能力と機能も、性格も、どれも全然違うのに。

器と中身のことを考えたら、簡単に分かることですよね?

見た目の性別と心の性別が真逆な人も、身体的に性別の中間地点にいる人もいるのは当たり前。BGLTなんてちっとも珍しくないし、それ以外の人も沢山いるはず。

運動会のヒーローになれない男の子は沢山いるし、人形遊びに興味がなくて、虫取りが大好きな女の子だって沢山いる。

主夫に向く男子もいるし、主婦が無理な女子だって。

闘争と競争が大好きな人、目立ちたい人、全く逆な人だって。

恋愛やSexに興味がない人だって、少なからずいる。

自分自身や他人に押し付けていないかな?

結婚や恋愛を「しなければならないもの」と思っていたり、男はこうあるべきとか、女はこうあるべきだとか。

自分も相手も、苦しめてしまう「性別」の思い込み。

そこから自由になったら、息をするのが楽になると思います。

もっと、自分自身も他人も、認めてあげられたらいいのに。

バイセクシャルの人も、ゲイの人も普通に働いていた職場だったというのもあります。

(それでも当時、カミングアウトしていた彼らの勇気は、すごいと思う。)

知人や友人が「結婚」と「子供」に囚われて、苦しんでいるのも見ています。

だから、尚更思うのです。

「結婚」は「一緒にいたい」と思った人と出会えた時で、いいと思うよ?

寄り添えたら、それでいいんだと思う。

「子供」は授かりものだし、現代では「贅沢品」になってしまっているんだから。

「贅沢品」は誰でも持たなければならないものでは、ないでしょう?

あなたがもっと、楽に呼吸ができることの方が大切じゃないかな?

こうあるべきって、誰が決めたの?

生活の安全を確保する社会的なルールとは違うと思うよ?

「逃げ恥」のゆりちゃんが言った、「そんな呪いから逃げ出してしまいなさい!」だと思う。

・・・・「呪い」は、いらない。

※※写真は、琉球朝顔。花は午後2時〜3時くらいまで持ちます。朝が一番鮮やかな青色です。

種はできないのですが、大きな美しい花を咲かせます。地下茎で増えます。

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